木村拓哉、令和になっても「嫌われの最前線に立ち続ける」たったひとつの理由

木村拓哉、令和になっても「嫌われの最前線に立ち続ける」たったひとつの理由

'04年、『カンヌ映画祭』に出席するために成田空港に降り立った木村拓哉

平成のテレビスターといえば、キムタクだ。

 やれドラマに主演すれば高視聴率を連発。「キムタク着用衣装がバカ売れ」により“キムタクモドキ”を大量発生させ、ストリートの生態系を狂わせていたあの時代。

 バラエティー番組に出てもそう。 '08年の『笑っていいとも! 春の祭典』(フジテレビ系)で、すでにスタッフロールが流れ出す放送終了ギリギリの状況のなか、“テーブルクロス引き”を見事、成功させた拓哉。スタジオには「ギャー!」と、ほぼ絶叫といってもいいほどの歓声がこだましたあの時代。

 よく考えてみてほしい。本来テーブルクロス引きの、「ちょいと腰を落としクロスの端と端をつかんで固定させたのちに一気に引っ張る」という一連の動きは、決してカッコいいと言えたもんじゃないだろう。もちろん成功したからこその歓声でもある。しかし、それを上回るほどの、何をしても「ギャー!カッコいい!」になるカリスマ性が数年前の木村にはあった。

 そんな、“何をしても崇め奉られる”キムタク神話から一転──。もはや見慣れた光景だが、

続きは週刊女性PRIME で

1

関連記事(外部サイト)