老いたひとり者は個人として認めない? 貸金庫申し込みで見えた厳しい現実

老いたひとり者は個人として認めない? 貸金庫申し込みで見えた厳しい現実

※写真はイメージ

1986年『女が家を買うとき』(文藝春秋)での作家デビューから、71歳に至る現在まで、一貫して「ひとりの生き方」を書き続けてきた松原惇子さんが、これから来る“老後ひとりぼっち時代”の生き方を問う不定期連載です。

 世の中が物騒になってきたので、大事な権利書などは、貸金庫に入れておくほうがいいと思いたち、銀行に行った。今どきは、貸金庫を利用する人も多いだろう。空きはないかもしれないと期待せずに窓口に行くと、「空いている」と言われ喜ぶ。しかし、審査をして通らなければ貸すことはできないと言われ、喜びは吹き飛んだ。

 お金を借りるわけではないのに審査がある? 何の審査? 貸金庫の年間使用料は2万円ほどだ。腑(ふ)に落ちないが申し込むことにした。

 申込用紙が渡され、名前、住所などを記入していると、「代理人」という項目があったので、聞くと、本人に代わる身内の人の名前と連絡先を書け、というのだ。何十年もの長きにわたり、金利ゼロでも預金してあげているのに、身内の代理人を立てないと貸金庫も借りられないとは、どういうことか。安倍政権になったせいか。

 以前、メガバンクで貸金庫を借りたとき、すんなり借りられたのは、わたしが50代という若さだったからなのか。「ひとりでよかった」という生き方をしたい。わたしは、そのように生きてきたつもりだが、ここにきて「それはだめよ」と自分の生き方を否定された気がして悲しかった。

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