『ノートル=ダム・ド・パリ』は神話的小説である

ヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』は神話的小説である、とフランス文学者で、明治大学教授の鹿島茂(かしま・しげる)さんは指摘します。その論拠を伺いました。




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この小説には、ユゴー内部のさまざまな矛盾がそのまま入り込んでいるかのような印象がありますが、その矛盾は実は、小説のナレーションの形式にも表れています。



『ノートル=ダム・ド・パリ』は匿名の作者が神の視点からすべてを眺めて物語を統御するという近代的な小説のナレーション形式というよりも、口承文芸的な複数の作者による神話的なナレーションが採用されていると言ったほうが適切です。



では、神話的なナレーションというのはどのようなものなのでしょうか?



それは、『ノートル=ダム・ド・パリ』が、読まれざる小説であるにもかかわらず、何度も映画化されたり、ミュージカル化されたりしていることと関係しています。



一般に、フロベールの『ボヴァリー夫人』のような近代小説は一字一句変更できないとされています。これを文学批評の用語では「作家性」と呼びます。

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