俳句に詠まれたさまざまな林檎

正木ゆう子さんが選者を務める『NHK俳句』の「季語をめぐる人と風景」。10月号の兼題は「林檎(りんご)」です。




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「林檎」と聞くと、実際に食べる果物としての林檎の他にも、いろいろなイメージが湧(わ)きませんか。



旧約聖書のアダムとイブ。ニュートンの引力。ウィリアム・テルの話。グリム童話「白雪姫」の毒林檎、などなど。そのせいか、俳句に詠(よ)まれた林檎もさまざまで、多面的です。

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空は太初の青さ妻より林檎うく
中村草田男(なかむら・くさたお)


アダムとイブは、禁断の知恵の木の実を食べたために楽園を追放されます。従って、アダムはイブの差し出す木の実(一般的には林檎)を食べてはいけなかったわけですが、すでに楽園を追放された身である人間社会では、愛する妻の差し出すものならば何でも食べるのが夫の愛というもの。愛妻家で知られる草田男ならなおのこと。自分たちは人間の始まりの男女のように分かちがたいカップルであるという、高らかな愛情宣言です。



少年に少女の弔辞(ちょうじ)紅りんご
落合水尾(おちあい・すいび)




この句も林檎という季語に男女を取り合わせた点、アダムとイブのイメージを引いています。草田男の句もそうですが、俳句に詠まれる場合は、禁断の木の実のイメージよりは、楽園で暮らすアダムとイブの幸福なイメージに重点が置かれている気がします。この少年には大人となってイブと結ばれる未来はありませんが、少女の弔辞にはほのかな恋の雰囲気(ふんいき)があったかもしれません。



■『NHK俳句』2016年10月号より

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