道元が答えを探し続けた「なぜ修行をしないといけないのか」という疑問

仏教思想家のひろさちやさんは、鎌倉時代に曹洞宗(そうとうしゅう)を開いた道元について、禅僧であると同時に偉大な哲学者であると評します。道元の生い立ち、そして青年時代をひろさんに解説していただきました。




* * *




道元は正治二年(1200)、京都の貴族の名門に生まれました。近年は異説も提起されていますが、従来の説によれば父は内大臣久我通親(こが・みちちか)、母は関白太政大臣藤原基房(もとふさ)の娘であったと言います。当時の貴族は政治家です。貴族の家系に生まれたということは、本来であれば政治家になるよう運命づけられていたと言えます。



しかし道元は、三歳にして父を、八歳にして母を亡くします。そのことも理由になるのでしょう、十四歳のとき、比叡山(ひえいざん)の天台座主(てんだいざす)公円(こうえん)に就いて剃髪染衣(ていはつぜんえ)しました。政治の世界を離れ、宗教の世界へと身を転じたのです。



ところが、政治と宗教ではまったく発想が違います。政治の世界は目的論的思考の世界です。未来に一つの目的があり、その目的達成の手段として、現在の事物が利用される。たとえば、「人間は何のために生きるのか」と問いを立て、「それは子孫を残すためだ」などと答えるのが目的論的思考です。しかし宗教では、目的など設定しません。そこに宗教の一つの大きな特色があります。いま述べた問いで言えば、「○○のために」と考えるのが政治的な発想です。

1 2 3 次へ

関連記事(外部サイト)