藤井システムの真相

藤井システムの真相

写真/河井邦彦

藤井システムの真相

藤井システムの真相の画像

11月号に登場した木村一基(きむら・かずき)八段が、藤井猛(ふじい・たけし)九段に、藤井システム誕生のきっかけを聞きました。




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\r\n■Q/プロも感心する構想がどうして浮かぶのか不思議でなりません。きっかけやコツなどを教えてください。\r\n


A/藤井システムは最後の勝負手でした。当時は振り飛車が絶滅の危機に迫られていましたから。大げさに聞こえるかもしれませんが、私も棋士生命が断たれるかどうかの瀬戸際でした。必要に迫られてしかたなくというのが正直な理由です。



振り飛車の魅力のひとつに美濃囲いの堅さがありますが、居玉で仕掛ける藤井システムはそれを放棄するんですから。まして居玉で戦うなんて、よほどの追い込まれ方ですよ。居玉で戦わざるをえなかったというのが藤井システムの真相です。実際に危機感や本気度は、ほかの棋士よりかなり高く考えていたと思います。芸術家の要素が少ないと答えたのは、それが理由です。結果として高評価をいただける棋譜が生まれたのは、精いっぱい頑張ったご褒美だと受け止めています。


\r\n■Q/NHK杯戦の中でいちばんの会心譜をご紹介ください\r\n


A/NHK杯は苦戦気味ですが、五段当時の山崎君(隆之八段)との終局の場面は、今でも鮮明に覚えています。ずっと冷静に指してきましたが、最終手の△7六金(1図)だけは渾身(こんしん)の力を振り絞って着手しました。

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