明智光秀の娘、細川ガラシャがキリスト教に帰依した理由考察 夫はストーカーか

記事まとめ

  • 細川ガラシャがキリスト教に帰依した理由を東京大学史料編纂所教授が考察している
  • ガラシャがキリスト教を信仰した理由は夫・忠興に対して心が離れたからだという
  • 忠興は文武に優れた大名とされているが異常に嫉妬深く"ストーカー"だったと指摘

細川ガラシャがキリスト教に帰依したのはストーカー夫のせい?

明智光秀の娘・玉(珠)は、明智家の与力(よりき)であった細川藤孝(ふじたか)の嫡男・忠興に嫁ぎました。美男美女の仲むつまじい夫婦として知られましたが、1582(天正10)年の本能寺の変で玉の境遇は一変。謀反人の娘となり、味土野(みどの/京都府京丹後市)に幽閉されてしまいます。2年後には許されて細川家の大坂屋敷に入りますが、次第にキリスト教に関心を示し、間もなく洗礼名のガラシャ(Gratia、恩寵・神の恵みの意)を授けられました。ガラシャがキリスト教に帰依した理由を東京大学史料編纂所教授の本郷和人 (ほんごう・かずと)さんが考察します。




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ガラシャがキリスト教を信仰した理由ですが、私は忠興に対して心が離れたからだと考えます。夫婦仲よくキリスト教を信仰した、というわけではなさそうですよね。ガラシャは離婚も考えたとされますが、帰る家はない。忠興もそれを認めないでしょう。そうした境遇で女性が何に救いを求めるのか。ガラシャの場合、心のよりどころとなったのがキリスト教ではないかと思うのです。



ここで問題になるのが、忠興の人物像です。一般的には文武に優れた大名とされますが、怒りっぽいことでも有名でした。しかも独占欲が強く、ガラシャがほかの男性と親しくすることを絶対に許さない。ガラシャと親しくした庭師や家臣を手討ちにしたエピソードも残っています。妻の気持ちを理解しようとしないくせに、体だけは求めてくる。

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