「存在すること自体の罪」を自覚せよ

ガンディーは、若き日の生活を通じて近代社会に浸かり、近代的な欲望がどれだけ魅力あるものなのかを身をもって知っていました。酒を飲み、ダンスホールにも行き、別の女性に恋心を抱き……妻に対する性欲や嫉妬心にはじまり、肉食、たばこ、名誉欲、浮気心、金銭欲、そうしたさまざまな欲望をすべて経験していたわけです。



近代というものの楽しさや魅力を十分に知っていたからこそ、これを乗り越えないとさまざまな問題は解決しないと考え、自分自身を変えていこうとした。東京工業大学教授の中島岳志(なかじま・たけし)さんは、それがガンディーの宗教や信仰のあり方だったと思う、と語ります。では、そうした「近代人」であるガンディーは、人間というものをどう捉えていたのでしょうか。




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まず、ガンディーが考えたのは、「人間には存在すること自体の中に罪深さが含まれている」ということでした。



英語では「罪」を意味する言葉に、crime とsin という二つの単語があります。crime はいわゆる犯罪。人を殴るとかものを盗むとか、法に触れて逮捕されるような行為をいいます。一方、sin はもっと宗教的な、人が存在すること自体につきまとう罪、原罪といわれるものです。人が生きるためには他の生き物の命を奪わざるを得ないことや、そもそもこの生というものが親の性欲という欲望と密着していること……そうした、欲望というものを抱えざるを得ない生命そのものの罪を指しているのです。

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