天才・宮沢賢治が持つ感性の不思議──「共感覚」とは何か

宮沢賢治の「鹿踊(ししおど)りのはじまり」は、生まれ育った岩手県のあたりで広く行われている郷土芸能「鹿踊り」からインスピレーションを得た作品です。「この童話もいかにも賢治らしい描写で物語が始まります」と、日本大学芸術学部の山下聖美さんは言います。冒頭の部分を読んでみましょう。


そのとき西のぎらぎらのちぢれた雲のあひだから、夕陽(ゆふひ)は赤くなゝめに苔(こけ)の野原に注ぎ、すすきはみんな白い火のやうにゆれて光りました。わたくしが疲れてそこに睡(ねむ)りますと、ざあざあ吹いてゐた風が、だんだん人のことばにきこえ、やがてそれは、いま北上(きたかみ)の山の方や、野原に行はれてゐた鹿踊(ししをど)りの、ほんたうの精神を語りました。


「風という自然の声をキャッチして、物語を紡(つむ)いでいく。このような創作方法は賢治独自のもの」と山下さんは解説します。彼の特異な感性は一体何なのでしょうか。




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風の音が言葉となって聞こえた、という「鹿踊りのはじまり」の語り手ですが、このような能力については完全な創作とは言えないところがあります。というのも、賢治自身、しばしばこうした現象を体験していたと考えられるからです。



チャイコフスキーの交響曲のレコードを聞いたとき、「私はモスコー音楽院の講師であります」という言葉をはっきり聞き取ったと賢治は言っています。また、ベートーベンの交響曲を聞いたときは、音が映像になり、「この大空からいちめんに降りそそぐ億千の光の征矢(そや)はどうだ、手に手に異様な獲物を振りかざした悪鬼が迫ってくる」と叫んだといいます。

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