哲学者・三木清が『人生論ノート』に至るまで

今年は三木清生誕120年の節目に当たります。彼は48年という短い生涯に膨大な著作を遺しました。その中で最も読まれているのが『人生論ノート』です。この哲学エッセイ集をひもとく前に、まずは『人生論ノート』に至る三木の人生を辿ってみることにしましょう。哲学者の岸見一郎(きしみ・いちろう)さんが解説します。




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三木清は1897(明治三十)年、兵庫県龍野(たつの)の裕福な農家の長男として生まれました。少年時代は文学に傾倒し、なかでも徳冨蘆花(とくとみ・ろか)の作品を愛読しました。



中学を卒業すると単身上京し、第一高等学校(旧制一高)に進みます。「ひとりぼっちで東京のまんなかに放り出された」彼は「孤独な田舎者」(「読書遍歴」)だったと述懐していますが、彼はここで人生の行路を決定づける一冊の書と巡り合います。日本を代表する哲学者・西田幾多郎の『善の研究』です。西田が展開する独創的な思索に触れた三木は、「嘗(かつ)て感じたことのない全人格的な満足を見出すことが出来て踊躍歓喜(ゆやくかんぎ)」(『語られざる哲学』)し、「まだ何をやろうかと迷っていた私に哲学をやることを決心させた」(「我が青春」)と記しています。



1917年、西田が教鞭をとる京都帝国大学文学部哲学科に入学。西田をはじめ、哲学史の朝永三十郎(ともなが・さんじゅうろう)、宗教哲学の波多野精一(はたの・せいいち)、美学の深田康算(ふかだ・やすかず)など錚々(そうそう)たる教授陣の薫陶を受け、三木は学びと思索を深めていきました。

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