禅寺の門前が守り続けてきた精進料理の文化

禅寺の門前が守り続けてきた精進料理の文化

円覚寺に納める精進料理の一例。朱塗りの足つき膳の上に並べる木皿などの器には置き方にも決まりが。撮影:谷山真一郎

禅寺の門前が守り続けてきた精進料理の文化

舎利殿。国宝。開祖を祀る正続院の中にある。特別な場合を除き一般公開はしておらず、ふだんは小さな門と塀に囲まれひっそりとたたずんでいる。

寺の多い鎌倉では、行事や茶事で供される精進料理や菓子が門前に広まっています。その始まりを探るべく、円覚寺を取材しました。




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日本に茶を伝えたのは、臨済宗の開祖、栄西(えいさい)禅師と言われています。



精進料理は禅宗とともに全国に広がり、茶とともに禅宗の儀式に欠かせないものとなりました。そのスタイルは、一般的な精進料理の作法や茶の湯の形とはかなり違うようです。それは臨済宗の寺院で行われている「四ツ頭」の茶事(正式には「茶礼(されい)」と呼ばれます)で垣間(かいま)見ることができます。



北鎌倉にある臨済宗の名刹(めいさつ)、円覚寺では、開祖、無学祖元(むがくそげん)禅師の命日に開山忌を行いますが、四ツ頭はその中の儀式の一つです。この四ツ頭は、古式正伝による喫茶法そのままの、日本最古の茶事の形と言われています。



四ツ頭の茶事では僧たちがともに精進料理を食し、茶をいただきながら、約730年前に亡くなった開祖がそばにいるかのごとく振る舞います。こうすることで、つねに開祖とともにあることを認識するのです。



これまで円覚寺の四ツ頭は、円覚寺派の僧侶だけで行い、限られた人のみが見学を許された秘められた儀式でした。しかし、現円覚寺派管長・横田南嶺(よこた・なんれい)老師の「円覚寺をより開かれた寺にしたい」との考えから、一般参加の行事として開催されたこともあります。

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