「蒼天已に死す」の真の意味

三国時代は、黄巾の乱とともに幕を開けました。張角が率いる宗教集団「太平道」は、「蒼天已に死す」「黄天当に立つべし」をスローガンに多くの信者を獲得していきます。早稲田大学 文学学術院 教授の渡邉義浩(わたなべ・よしひろ)さんによると、このスローガンはたんに人を扇動するだけのものではなく、漢帝国を思想面で乗り越えようとする内容だったといいます。




* * *




儒教の徳目に依拠する収税体系の崩壊と各地の有力者の群雄化によって、多くの貧困層が土地を失い、流民が発生するようになります。彼らを吸収し、短期間で巨大な組織を形成したのが、宗教指導者の張角率いる太平道でした。



『三国志』の記述は、184年の黄巾の乱から始まります。「乱」という表現は、後漢の側からの呼称です。歴史は勝者の記録ですから、張角について、『三国志』を含む史書はその詳細をあまり伝えていませんが、張角とその弟・張宝および張梁は、「大医」と称して医療行為を行い、さらに流民に罪を告白させる一種の精神療法を行って人心を集めていたとみられます。その医療行為にどれほどの実効性があったのかはわかりませんが、儒教を根幹とする漢の支配体制から外れ、さらに腐敗した官僚や群雄らの横暴に疲弊した民にとって、身を投じるには十分な魅力を備えていたのでしょう。



そして太平道は「蒼天已に死す」「黄天当に立つべし」とのスローガンを掲げ、黄巾の乱を起こしました。

1 2 3 次へ

関連記事(外部サイト)