なにがうそで、なにがほんとの

俳句における「虚」と「実」、そして、二つが融合した理想的な「正」について、俳人の柳克弘(たかやなぎ・かつひろ)さんが読み解きます。




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戯曲・小説・俳句と幅広い創作活動を展開した久保田万太郎(くぼた・まんたろう)は、空襲で東京の家を焼かれ、鎌倉に住んでいた昭和20年、ある句会で次の句を詠(よ)みました。



東京にでなくていゝ日鷦鷯(みそさざい)
久保田万太郎


同じ座にいた人が、「先生、みそさざいが居ましたか」と聞いたところ、万太郎はたちどころに「見なけりゃ作っちゃいけませんか」と切り返し、一同キョトンとしたそうです。万太郎の自信作の一つに「なにがうそでなにがほんとの寒さかな」という句があります。思いがけないことの起こるこの世は、現実でも虚構のようであり、?(うそ)と本当は分かちがたいものだという万太郎の人生観が読み取れます。



「俳諧(はいかい)は火をも水にいひなす」とは、『奥義抄(おうぎしょう)』に見られる歌人・藤原清輔(ふじわら・きよすけ)の言葉ですが、作り事を、いかにも本当の事のように思わせることが肝要なのであり、発想のきっかけとなった現実を問う必要はないのです。冒頭に示した万太郎の句も、沢に近い林に棲息(せいそく)する鷦鷯が、都会から離れた暮らしぶりを想像させます。東京に出る用事のない日に、鷦鷯が姿を見せたら、いよいよ寛いだ気分になるだろうなあと、実感がありますね。

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