『ノートル=ダム・ド・パリ』の不思議なプレリュード

幾度となく映画やミュージカルなどに翻案されてきたヴィクトル・ユゴーの『ノートル=ダム・ド・パリ』。いざ読み始めてみると、なかなか物語が始まらないことに読者は面食らってしまうかもしれません。しかし、この不可解な導入部こそ、『ノートル=ダム・ド・パリ』の構造を理解するカギであるとフランス文学者で、明治大学教授の鹿島茂(かしま・しげる)さんは語ります。




* * *




全十一編からなる長編『ノートル=ダム・ド・パリ』の導入部である第一編は、オペラのプレリュード(前奏曲)に当たりますが、現代の小説を読み慣れた読者にとっては不可解なほどに長く感じられるはずです。のっけからモブ・シーン(群衆場面)が延々と続き、雑多な群衆の中から入れかわり立ちかわり現れる老若男女の野次と饒舌(じょうぜつ)な会話が繰り広げられますが、作者が読者をどこに連れていこうとしているのか皆目わからないため、困惑は強まります。舞台となっている元王宮のパリ裁判所はノートル=ダム大聖堂と同じくセーヌ川の中州のシテ島にあるので、ここが詳しく描写されるのはわかりますが、舞台や祭りの細密な描写、それにフランドルから来た洋品屋の親方の話などは、ストーリー上は不要なのではないかと感じる読者がいても不思議ではありません。



しかし、よく読んでみるとこの長すぎるプレリュードは、この小説自体がどのようにしてつくられているかという構造を、読者に開示しているものだということがわかってきます。

1 2 3 次へ

関連記事(外部サイト)