一筋縄ではいかない小説『三四郎』

九州から東京帝国大学に入学するために上京してくる学生の姿を描いた漱石の『三四郎』。東京大学教授の阿部公彦(あべ・まさひこ)さんは、この小説を「とても一筋縄ではいかない」と評します。




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『三四郎』は、1908(明治41)年の作品です。夏目漱石はその前年に、東京帝国大学の教職を辞して朝日新聞社に入社し職業作家として小説の執筆を開始、「朝日新聞」紙上で『虞美人草』『坑夫』『夢十夜』などを立て続けに連載しています。『三四郎』も、四か月ほどの連載で完成させた作品です。



この小説も、あちこちでエンターテイナーとしての漱石の腕前が存分に発揮されています。主人公が電車の窓から弁当箱を投げ捨てたら、風下で車窓から顔を出していた女の人を直撃するとか。ところが、この女性と一緒に旅館に泊まることになり、もう少しで同衾(どうきん)までしそうになって、そのあげく嘲(あざけ)られたりとか。まるで現代のラブコメを見ているような軽快な展開です。



しかし、そうした軽快な語りばかりがこの小説のすべてではありません。細かい仕掛けや、仕掛けと呼んでいいのかどうかもわからない、不思議な細部もある。いかにも意味ありげな謎めいたセリフや、あれこれ悩む主人公の不安顔も忘れられない。

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