マルクス・アウレリウスが『自省録』を着筆するに至るまで

マルクス・アウレリウスが『自省録』を着筆するに至るまで

マルクス・アウレリウスが『自省録』を着筆するに至るまでの画像

パークス・ローマーナー(ローマの平和)といわれた「五賢帝時代」最後の皇帝、マルクス・アウレリウス。39歳で帝位を継承したアウレリウスは、戦地のテント内や宮廷の自室で折節の思索や自戒の言葉を書き留めていました。この手記が後世にまとめられ、『自省録』として刊行されました。ひたすら自分の内面を見つめ、己を律する手記を、アウレリウスはどのような経緯で書くことになったのでしょうか。哲学者の岸見一郎(きしみ・いちろう)さんが、その半生を紐解きます。




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『自省録』は哲学書です。哲学という言葉を聞くだけで怯(ひる)む人がいるかもしれませんが、哲学(philosophia)は本来的には学問ではなく「知を愛する」という意味です。誰もが幸福を求める──これがギリシア、ローマの基本前提であり、哲学の出発点です。幸福とは何か、幸福であるためにはどうすればいいか、この人生をどう生きればいいのかを知ろうとすることが哲学です。もとより、これらの問いへの答えは簡単に出ませんが、真摯に生きようとすれば問わないわけにはいきません。


我々を守ることができるものは何か。それはただ一つ、哲学だけだ。
(二・一七)



皇帝としての多忙な日々を生きるアウレリウスを守ったのは哲学でした。

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