落語にもなった王子稲荷神社の狐

落語にもなった王子稲荷神社の狐

八棟づくり極彩色の華麗な社殿は、文政(ぶんせい)5年(1822)に11代将軍家斉(いえなり)公によって建てられた。ただし、昭和20年(1945)の空襲によって大破。本殿は再建されたが、拝殿は文政時のもの。撮影:森山雅智

春は桜、夏は蛍、秋は虫聞きや紅葉、冬は雪見。江戸時代、風光明美な王子には、四季を通じて、人の絶えることはなかったといいます。稲荷神社の神使、狐はそんな王子に欠かせない存在で、浮世絵にも描かれ、落語の主役にもなりました。國學院大學文学部准教授の飯倉義之(いいくら・よしゆき)さんが、王子稲荷神社の狐を題材とした落語「王子の狐」、そして王子稲荷神社の歴史について教えてくれました。




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王子稲荷神社の狐は、昔から人を化かすことで有名でした。



ある男性が、神社に参詣した帰り道、1匹の狐が若い娘に化けるところを見かけました。「これから誰かを化かそうという腹らしい」、と周りを見ると、自分1人しかいません。「そうだ、化かされるくらいなら、化かされたふりをしてやろう」と、「お玉ちゃん、俺だよ」と知り合いのふりをして、狐に声をかけました。すると、「あら、お久しぶり」と狐も話を合わせてきます。



近くの料理屋に上がり込んだ2人は、あぶら揚げではなく天ぷらなどを注文。差しつ差されつやっていると、狐のお玉ちゃんはすっかり酔いつぶれ、寝込んでしまいました。そこで男性は、土産に名物のたまご焼きを包ませ、「勘定は女が払う」とお玉ちゃんを置いて帰ってしまったのです。

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