難解な『善の研究』はこの順序で読もう




\r\n■知のちからと愛のはたらき\r\n


西田が考えている「哲学」は、ある特定の思想──たとえば実存主義、構造主義、ポスト構造主義など──ではありません。むしろ、それは、さまざまな思想を包み込む、大いなる叡智ともいえます。



本当の「哲学」の道を生きるためには、「知」のちからだけでなく、「愛」のはたらきを欠くことができないと西田は考えていました。それが彼の出発点です。西田は「知の巨人」だっただけではありません。深い「愛の人」でもありました。



「知と愛」のはたらきにふれ、西田は次のように書いています。


知と愛とは普通には全然相異(あいこと)なった精神作用であると考えられて居(い)る。しかし余はこの二つの精神作用は決して別種の者ではなく、本来同一の精神作用であると考える。しからば如何(いか)なる精神作用であるか、一言にて云(い)えば主客合一(しゅかくごういつ)の作用である。我(われ)が物に一致する作用である。


(第四編 宗教 第五章 知と愛)



「知る」と「愛する」という営みは、一見すると二つの異なる認識の方法のように映る。

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