難解な『善の研究』はこの順序で読もう

しかし、そうではない、と西田はいいます。それらは「主客合一の作用」、すなわち自分と対象が一つになろうとするとき、共に動き始めるものだと考えています。



ここで西田は「主客合一の作用」を「我が物に一致する」と言い換えてもいます。西田がいう「物」は物体ではありません。「他者」という言葉に置き換えた方がよいでしょう。



何を「他者」と考えるかによって、その人の世界観は変わってきます。西田の場合は、ここに亡き子、すなわち死者が含まれています。



すでに亡くなった愛する者の存在を私たちは「知」のちからだけで認識しようとはしません。そう試みることは、ある意味では危険なことかもしれません。そうしたとき私たちのなかに自(おの)ずから「愛」が動き始めるのではないでしょうか。



ここでの「愛」は、「愛(いつく)しみ」と置き換えた方がより深く感じることができるかもしれません。「知」のちからはしばしば人間を迷路に導きます。「知」のちからだけに頼るとき人は、自分が万能であるかのように思い込むのです。そうした迷いから私たちを救い出してくれるのが「愛」のちからです。



■『NHK100分de名著 西田幾多郎 善の研究』より

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