「善」の定義

「善」の定義

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西田幾多郎は著書『善の研究』で「善」をどのように定義しているのでしょうか。批評家、東京工業大学教授の若松英輔(わかまつ・えいすけ)さんが読み解きます。




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近代では、「個」が尊重され、「私」が「私」の人生を「私流」に生きることがよしとされました。それ以前は、さまざまなところで「個」が束縛され、大きな不自由を強制されていたのです。国、宗教、共同体などが「個」であろうとすることを阻害していました。



「個」の自由、これは社会的な出来事としては、大変重要な、文字通り革命的な出来事でした。しかし、「個」で生きることに慣れた私たちは、他者とのつながりを忘れがちになっていることも否めません。



社会生活における「個」と、他者と共にある「個」は両立し得ます。この二つの「個」が共に開花することが、西田がいう「善」なのです。



現代人は「善」とは何かを考えるとき、ほとんど同時に誰かの役に立つことを思い浮かべるのではないでしょうか。あるいは、「善悪」という言葉を用いて、「悪」との対比のなかで考える場合もあるかもしれません。



しかし、西田は少し別な道を行きます。

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