W杯フランス代表が受け継ぐリリアン・テュラムのDNA

本人は強く否定しているが、1998年に優勝した時にロッカールームで「ブラックだけで記念写真を撮ろう」といった偽善者だという噂も消えない。前夫人との離婚ではDVの疑いもかけられ泥試合にもなった。

だが、彼の活動は真摯である。人類学者、弁護士、遺伝学者、博物館学者、社会学者、政治学者、外交官、歴史家、心理学者などを集めた科学委員会をつくり、出版、討論会、展覧会、対話の会などで人種差別に反対する教育活動をつづけている。

テュラムはもっとも突出した例だが、このような活動をする例がフランスのサッカー界では多い。ジダンも麻薬売人が銃撃戦をするほどに荒れてしまったマルセイユの団地にポケットマネーでサッカーチームをつくって社会教育をしている。

先日、準決勝のベルギー戦のあと、シャンゼリゼをはじめフランス中で人種や出自に関係なく人々は歓喜を分かち合った。「ブラック・ブラン・ブール」が復活した。

ちなみに、サンクト・ペテルスブルグでコーナーキックからヘディングを決めたのは黒人DFウムティティだった。

[執筆者]
広岡裕児
1954年、川崎市生まれ。大阪外国語大学フランス語科卒。パリ第三大学(ソルボンヌ・ヌーベル)留学後、フランス在住。フリージャーナリストおよびシンクタンクの一員として、パリ郊外の自治体プロジェクトをはじめ、さまざまな業務・研究報告・通訳・翻訳に携わる。

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