今なお日本社会に巣くう「同期」という病魔

<日本型のエリート選抜システムとして、戦前から機能してきた「同期」という考え方。新卒一括採用を見直す機運もあるが、若手サラリーマンたち自身の中にもまだ「同期意識」が存在している>

「貴様と俺とは同期の桜、同じ兵学校の庭に咲く、咲いた花なら散るのは覚悟、みごと散りましょ国のため......」――これはどこかの会社の社歌ではない。日本が太平洋戦争を始めた昭和10年代後半、海軍の予科練(茨城・霞ケ浦)で飛行訓練をした若者たちの愛唱歌である。

この「同期の桜」は、同じ時期に予科練に入隊し、厳しい訓練を受け、同じ釜の飯を食って、国家、すなわち天皇陛下のために、戦争で散っていった若者の姿を歌ったものである。こうした「同期意識」は日本特有の共同体的な集団意識の形成という点で、当時の学生には大きな意味を持っていた(この若者たちは、終戦直前「神風特攻隊」として出陣し、そのほとんどは死んでいった)。

日本の企業は階層別組織であるといわれてきた。戦前の企業組織では、ホワイトカラー層(事務的労働者)とブルーカラー層(肉体労働者)に峻別され、待遇(賃金と地位)も格差があった。

ホワイトカラー層では、入社年次、つまり同期入社によって一つの集団が形成され、その集団の中からトップマネジメント層(上位管理職層)が選抜されるというシステムが長年続いていた。

1 2 3 4 5 次へ

関連記事(外部サイト)