『新潮45』休刊の背景──貧すれば鈍する名門雑誌の最期

極端な二重構造を持った雑誌『新潮45』

月刊論壇誌『新潮45』が休刊した。大変なショックである。かくいう私は、同誌2015年9月号に初寄稿させて頂いて以来、合計8回この雑誌に寄稿させて頂いたことになる。毎回巻頭に近い位置に遇して頂き、表紙にも『古谷経衡』の名前が複数回踊った。

奇しくも最終号となった2018年10月号の表紙にも、『酔っ払った山尾志桜里に罵倒された夜 古谷経衡』が目玉原稿のひとつとして表紙を飾っている。『新潮45』休刊のニュースと合わせて各種メディアで本号の書影が使用される際、かならずちらと私の寄稿タイトルと名前が垣間見えるのがなんとも複雑な心境である。

2015年当時、私は新潮社から既に単著『左翼も右翼もウソばかり』を刊行し、これについて反響が大で増版となったため、同じ版元である『新潮45』の方にも単発で声をかけて頂く状況であった。当時の私にとって『新潮45』は権威と格式のある雑誌で、寄稿の依頼があったのは率直に名誉と感じた。

今回、『新潮45』休刊のニュースを受けてバックナンバーを家の書架から探した。実はちょうど3年前の2015年10月号にも私は寄稿していて、よほど当時の私が嬉しかったのだろう、バックナンバーはすぐさま見つかった(上の写真中央)。

「ヘイト雑誌」「ネトウヨ雑誌」とはほど遠い連載陣

いま振り返ってみると『新潮45』は極端な二重構造を持った雑誌だった。

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