「史上最悪」日韓関係への処方箋

1965年の日韓国交正常化は、ベトナム戦争の最中、米国の冷戦戦略の下に日韓両政府の妥協の産物として、両国民のコンセンサスを得ないまま実現した。それは日韓の圧倒的な力の差、冷戦という接着剤と米国という仲介者、歴史問題の棚上げ、ポストコロニアルな人脈、そして日本の一定の贖罪意識によって成り立っていた。

それから時代は大きく変わった。韓国は民主化され国力は増大し、南北・米朝が対話を始めた。日本では植民地期の記憶は風化し、韓国に一片の贖罪意識も持たない人が発言力を増した。

炎上覚悟で本音の議論を

家も50年たてばリフォームが必要となるように、日韓関係もリビルディング――時代に合った関係の再定義が必要だ。韓国の左派の代表的論客、金於俊(キム・オジュン)は「過去の歴史、きれいさっぱり終わらせよう」「ポストコロニアルの植民根性、慎重に清算しよう、みっともない」と訴えた。日本が経済大国で距離が近いからではなく日本を払拭しないと被害者意識に拘泥する韓国人が幸せになれないからだ。日本も戦略的利害以外に韓国の存在意義をどう再発見するかが重要だ。

65年体制の最たる限界は、棚上げにした歴史問題がほこりをかぶり、棚下ろしの必要が生じた点にある。日韓基本条約および請求権協定には、日中共同声明にはある反省の表現もなく、署名したのも外相で和解には程遠い内容だ。

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