南スーダンからの80万人



丘の続く地形に移ればそこがカンパラで、渋滞など経ながら一時間半ほどすると車は左の小道に入り、突然のがたがた道を行けばどん突きに鉄扉があって、懐かしいMSFのマークが塗られていた。

車が中の急勾配を登ると、左右にコロニアル風の建物があり、左側のそれの入り口に屋根つきの大きいポーチが見えた。そのポーチの下に、数人の外国人スタッフがいるのもすぐにわかった。車から降りた我々はいつものスタイルで、彼らに近づいて一人一人に握手をし、もちろん名前を名乗った。

中で最も我々を待ちわびた様子であったのが、中背で少しだけ太った中年紳士ジャン=リュック・アングラードで、くしゃくしゃの髪の毛に度の強い眼鏡をかけたにこやかなフランス人だった。谷口さんは本当にうれしそうに彼の名を呼んで抱擁を交わしている。聞けば、ジャン=リュックはMSF日本支部でオペレーション・マネージャーとして4年半勤務し、家族と共に住んでいたのだという。それが今度はウガンダで会うというのだから、いかにも『国境なき医師団』らしい再会なのだった。

宿舎にいるメンバーと食事の有無を示すボード

それぞれあてがわれた部屋に荷物を置き(ポーチのある建物が宿舎、急勾配の道の右がオフィスになっていた)、少しゆっくりしてからオフィスへ向かうと3階まで上がった。そこに活動責任者ジャン=リュックの部屋があった。

彼は実に優しげに人なつっこく笑う人で、笑うと八重歯が見えてかわいらしかった。

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