韓国の日本大使館、建て替えが進まず空き地になったまま4年が経った理由

こうしたこともあり、建て替えが計画されたのだが、これに韓国の文化財庁が反対した。

大使館は景福宮に近く、敷地は文化財保護法の適用範囲内にある。同法の高さ制限を満たさないというのが同庁の主張だった。大使館は高層ビルに囲まれており、景福宮との間には17階建のビルもある。景観への影響はないと日本政府は反論したが、文化財庁は建築を認めなかった。

状況が変わったのは2013年。東京の韓国大使館の新築計画が浮上したのだ。在韓日本大使館の建築を認めず、東京の韓国大使館の新築に取りかかれば、日韓の新たな火種になりかねない。外交部が再検討を促し、文化財庁は取り壊し後に発掘調査を行う条件で承諾した。そして、発掘調査で朝鮮時代と推定される遺物が発見されたものの歴史的な価値は認められず、工事は可能となったのだが、日本政府は工事に着手しなかった。

数々の受難に見舞われてきた在韓日本大使館

そもそも在韓日本大使館がある鐘路区中学洞は、日本政府が望んだ場所ではなかった。日韓基本条約を締結した1965年、日本政府は日韓併合前に日本公使館が置かれていた中区芸場洞を要望したが、朴正煕政権が拒絶して代わりに用意した場所だ。

そして、在韓日本大使館本館は1976年に建てられて以来、数々の受難に見舞われてきた。光復節の8月15日や独立運動記念日の3月1日、また、日韓で様々な問題が持ち上がるたびにデモ隊が集まり、火炎瓶が投げ込まれたこともある。

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