『天皇の憂鬱』が解き明かす、象徴天皇をかたちづくった「軽井沢」

<平成の天皇を6つの視点から謎解きした大宅賞作家の奥野修司。今上天皇が国民に"寄り添う天皇"になった背景には、戦後の皇室の新渡戸人脈とクエーカー人脈があるかもしれない>

 平成の時代が終わろうとするにつれて、平成とはなんだったのだろうと思うのは私だけではないだろう。皇室について考えるなら、平成は、国民と共に歩もうとした時代といえるかもしれない。(「まえがき」より)

『天皇の憂鬱』(奥野修司著、新潮新書)の冒頭に書かれたこの文章を目にし、共感する人は多いはずだ。また、もうひとつ注目すべきポイントは、『ナツコ 沖縄密貿易の女王』などで知られる大宅賞作家である著者がここで、どちらかといえば読者に近い目線で今上天皇を見ている点である。

例えば1989年、陛下が昭和天皇の崩御を受けて皇太子から天皇になられたとき、著者は「なんだか頼りないな」と感じたと当時を振り返っている。どこへいくにもカメラを提げて妻や息子たちを撮影しているその姿は、当時の流行語でいう「マイホームパパ」そのものだったというのだ。

それは自身の中に「天皇といえば昭和天皇」というイメージがあったからだろうと記しているが、このことについても、同じような思いを抱いていた人は少なくないのではないだろうか。

しかし、改めて振り返ってみるまでもなく、それこそが今上天皇の魅力である。

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