ノートルダム大聖堂はなぜフランスの象徴か

<宗教も党派も無関係に機会あるごとに人々が集まり、災害があれば避難する──だから、ノートルダムの火災は「キリスト教の悲劇」ではなく「私たちの悲劇」だった>

「ノートルダムは何世紀にもわたって、人類の精神(エスプリ)を象徴していた。(......)。ノートルダムは、パリの精神、そしてフランスそのものの象徴だった。(......)私は今喪に服している」

沈痛な面持ちで、ジャン=リュック・メランション氏は語った。彼はまた、ネットメディアへの寄稿でこうも書いている。

「無神論者も信仰者もノートルダムは私たちの共通の大聖堂である。あらゆる時代の波を乗り越えて私たちを運んでくれる船である。私たちはみんな同じようにそれを愛していると私は信じる」 (2019年4月19日、Leglob-journal)

4月16日の「リベラシオン」紙は、まさに崩れようとする尖塔の写真を1面いっぱいにつかって、ただ一言「NOTRE DRAME」と書いた。Notre Dameをもじったものだが、Drameは悲劇ということである。「私たちの悲劇」。

「悲しみ」「嘆き」「心痛」「涙」「破滅」「災難」......ノートルダム大聖堂の火災は数えきれない反響をよんだ。その中で、あえてこの2つを紹介したのは、メランション氏は左翼政党「不服従のフランス」党首であり、「リベラシオン」は左派系新聞だからである。

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