天皇退位の顛末にみる日本の旧思想 伊藤博文は『皇太子に生まれるのは不運』と発言

記事まとめ

  • 天皇陛下が伊勢神宮に参拝して退位を報告、長女の黒田清子さんが祭主として立ち合った
  • 祭主は明治8年に久邇宮朝彦親王が就任して以来、皇族がその任にあたった
  • 戦後、男性の皇族を祭主にしようとしたがGHQが拒否、女子の祭主を提案されたという

天皇退位の顛末にみる日本の旧思想

現在イギリスにいるずっと頑丈で活発な秩父宮と彼を交代させようというぼんやりとした可能性があらわれている」と述べた。今でこそ理想化されているが、昭和天皇も必ずしも国威発揚にふさわしい青年だった訳ではない。退位されんとしている今上陛下も若い時には自動車を乗りまわすとかテニスをするとかまったく戦後の若者で天皇にはふさわしくないなどと言われていた。

ちなみに、このクローデル大使は、作家のポール・クローデルである。彼は随筆の中で天皇という存在について、素晴らしい言葉を残している。「日本の天皇は魂のように現存する。彼は常にそこに居るものであり、いつまでも居続けるものである。正確にはそれがどのようにして始まったのかは知られていない。だが、それがいつまでも終らないであろうことは誰もが知っている」(「明治」『旭日の黒い鳥』日本語題名『天皇国見聞記』所収)

ところが、彼がこれを書いて20年もたたない、昭和20(1945)年、この言葉を裏切りそうになった。

過去には南北朝に分裂して争うなどということもあったが、天皇そのものがなくなるということは考えられなかった。ところが、いまや天皇廃止が現実になろうとしていた。場合によっては1億玉砕で、日本というもの自体がなくなっていたかもしれない。幸い、昭和天皇が日本の伝統とご自分の責務をしっかり認識されていたおかげでギリギリのところで、踏みとどまった。

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