三菱財閥創始者・岩崎彌太郎が清澄庭園をこだわって造り上げた理由

<訪日外国人にも人気の日本庭園。なぜ歴史に名を残した人たちが日本庭園にたどり着くかを考えると、その見方も変わってくる。清澄庭園(東京)の名石コレクションには岩崎の自負が隠されているのではないか>

金沢の兼六園や岡山の後楽園、水戸の偕楽園など、人々を魅了する日本庭園は各地にあるが、訪れるのは日本人だけではない。

実際、Japanese gardens(日本庭園)に関する英語の情報はインターネットにあふれており、アメリカには日本庭園の専門誌まである。今や日本庭園は、日本を訪れる外国人にとって外せない「見るべきもの」となっているのだ。

京都を中心に庭園ガイドをしている生島あゆみ氏はこのたび、「なぜ、一流とされる人たち、歴史に名を残した人たちは、日本庭園にたどり着くのか」をテーマに執筆。『一流と日本庭園』(CCCメディアハウス)を刊行した。

庭園そのものだけでなく、それらを造った人物、深い関わりのある人物の人生を見つめた上で、庭園との結びつきを読み解いた。これ1冊で日本庭園の見方・楽しみ方が変わるというユニークな一冊だ。

ここでは本書から一部を抜粋し、3回に分けて掲載する。第3回となる今回は、三菱財閥の創始者である岩崎彌太郎と、彼が造った東京の清澄庭園について。

※第1回:利他の心に立つ稲盛和夫が活用する京都の日本庭園「和輪庵」
※第2回:京都を愛したデヴィッド・ボウイが涙した正伝寺の日本庭園

◇ ◇ ◇

岩崎彌太郎(1834年〜1885年)と
清澄庭園(きよすみていえん)(東京)

名石のコレクションとも言うべき、三菱財閥の創始者・岩崎彌太郎が造った清澄庭園。

1 2 3 4 5 6 7 8 次へ

関連記事(外部サイト)