山本太郎現象とこぼれ落ちた人々

自身も全国比例から出馬するが、比例順位は3番目と、あえて高いハードルも設けた。これが安倍政権だけでなく、権威に立ち向かう姿勢を演出する効果を持った。



11年以降は極端な反原発運動家になっていた山本が、初当選を果たしたのは13年の参院選だ。

当時の彼は、福島を取材していた私から見ると、時におよそ根拠が不確かな福島危険論を展開する運動家だった。

この6年で、山本は明らかに変化していた。一運動家から左派ポピュリズムを体現する政治家に、である。

ホームページを開けば「反緊縮」を軸に、「反TPP」といった反グローバリズム、リベラルな人権擁護を目指した政策が並ぶ。これらは、欧州各国の選挙で「台風の目」と目された、左派ポピュリズムの典型的な主張と同じである。

加えて、山本自身が体現するのは永田町エリートが独占する既得権益への挑戦という「物語」だ。彼は「選挙は面白くないといけない」と連呼する。いかに選挙戦を楽しませるかが、彼の気を配るところなのだ。

SNS上の注目は既存政党よりも高く、常にトレンドをにぎわせる。これといった実績がない政治団体に金と人が集まる現状は何を意味しているのか。前回の衆院選でリベラル派の期待を一身に背負った枝野と比較してみよう。

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