山本太郎現象とこぼれ落ちた人々



同日午後5時、東京・有楽町――。立憲民主党の演説会が始まっていた。枝野の前に元「モーニング娘。」の市井紗耶香らタレント候補がマイクを握る。

彼らはタレント候補と呼ばれるのをよしとしないだろう。「当事者」であることが自らのアイデンティティーだからだ。市井は子供を育てる「母親」であることがアピールポイントになる。

スーツ姿の枝野は、演説の締めで真剣な表情を崩さず、「令和デモクラシー」の実現、民主主義のアップデートを訴えたが、足を止める人は少ない。

枝野の主張も戦略も、彼らの立ち位置から考えれば、ほとんど正しい。保守的かつ男性中心の自民党に対して、女性やLGBT運動を牽引する当事者をぶつけ、多様性を訴える。だが、私には、彼らはトランプに屈したアメリカのリベラルが犯した失敗を踏襲しているように見えた。エリート層やリベラル派に受けのいい言葉を並べているだけで、幅広い層に突き刺さる言葉を喪失しているからだ。

「私たち」と遠いリベラル

安倍晋三政権は発足以来、今も40%台後半の高支持率を維持している。だが、NHKの世論調査によると、支持理由は「他の内閣より良さそうだから」が圧倒的なトップであり、その支持は消極的なものであることが分かる。枝野の「正しい」主張はそんな消極的な支持層を振り向かせることに失敗している。

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