韓国政府が無視していた慰安婦問題を顕在化させたのは「記憶の活動家」たち

一方で、日本占領中のオランダ領東インド(現在のインドネシア)で一部の日本軍人が民間人抑留所のオランダ人女性を慰安婦にした件は、戦後のインドネシアで行われたオランダによるBC級戦犯裁判で裁かれたのです。 なぜオランダ人慰安婦に対する罪では日本人を裁いたのに、中国人や日本人、韓国人やフィリピン人などの慰安婦については訴追しなかったのでしょう。明らかな答えがありますね。

クリス 人種でしょうか。



グラック教授 そうです。オランダ人女性の中には白人もいたからです。また、日本では「慰安婦が存在した」というのは終戦直後の時点では秘密でもなんでもなく、一般的に知られている事実でした。1947年には田村泰次郎による慰安婦についての短編『春婦伝』が出版されていましたし、慰安所という言葉は知られていて、1960年代には日本の国会で戦傷病者戦没者遺族等援護法(1952年制定)に関連して元日本人慰安婦について触れられてもいました。

では、みんなが知っていた慰安婦という存在が、どのようにして戦争の物語の中に入ってきたのか。慰安婦とは、どのような人たちだったでしょうか。皆さんが持っているイメージを教えてください。

ダイスケ 若い女性でしょうか。

グラック教授 とても若い女性たちでした。

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