韓国政府が無視していた慰安婦問題を顕在化させたのは「記憶の活動家」たち

彼の選挙区には韓国系アメリカ人や中国系アメリカ人がたくさんいたからです。つまり国によって、慰安婦問題を取り上げる背景というのは違うものなのです。背景は違えど、コウヘイが指摘してくれたようにこの問題をメディアが報じると、「公の」問題として注目されるようになります。

証言者たちが果たした役割

グラック教授 重要なポイントに近づいてきました。これまでは、記憶の活動家について話してきましたね。では、元慰安婦自身は記憶をつくる上でどのような役割を果たしたのでしょうか。

1991年に3人の元慰安婦が名乗りを上げ、日本政府を相手に訴訟を起こしたことで、元慰安婦たちの長い沈黙が破られました。それから、一人、また一人と自分たちの話を語り始めました。終戦直後はトラウマあるいは不名誉という思いがあって、語ろうとする人は少なかったでしょうが、なぜ1990年代には話せるようになったのですか。

ディラン 女性に対する暴力について、社会の態度が変わったからですか。

グラック教授 それは一つの要因ですね。では、元慰安婦たちがそれぞれ一人で声を上げていただけだったら、その声は社会に響いたでしょうか。

数人 ノー。

グラック教授 なぜ彼女たちの声が注目を集めることができたのか。

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