「ポスト平成」におけるフランチャイズ化の行方

<この30年、地方や地域の存在感が強まり、地域ごとの価値が認められるようになる「フランチャイズ化」が進んだが、東京独り勝ちの30年でもあった。それには少子高齢化と、もう1つ、理由があった>

元号の変わり目だけに、時代としての「平成」を振り返る動きが盛んである。人々の行動や社会のあり方が元号で変わるわけではないから、「平成とはどんな時代だったのか」といった問いかけには、あまり意味があるようには思われない。しかし、一九八九年に始まって三〇年余りという期間は、物事が変化し、それを人々が認識するようになるには好適であった。三〇年を一つの世代や時代として把握することは、政治学などでもごく一般的である。

このことは、昭和と対比すれば明らかであろう。六〇年以上の期間があり、そこに第二次世界大戦や高度経済成長といった大きな環境変化が複数含まれていたために、昭和以前と昭和を対比させるのは容易ではなかった。端的には、大正時代に既に大人であった人は明治生まれ、昭和が終わるときには最も若くても八〇代半ばで、多くは鬼籍に入っていたであろう。大正と昭和の違いについて実感を持って語れる人は少なく、しかも昭和は長かったために内部での違いも大きかったのである。

したがって、「平成」というよりも「過去三〇年」というべきではあるが、意味のある年数であることは間違いなく、その間に大きく変化したと実感されていることは多い。

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