恩師の評伝 服部龍二『高坂正堯』を読む

<1996年に62歳で亡くなった、日本を代表する国際政治学者・高坂正堯。論壇やテレビ、また大平内閣、中曽根内閣時代のブレーンとして活躍し、今もその存在と影響は大きい。話題書を、最も関心を持ったのは「大学教師としての高坂」という教え子、戸部良一が読む>

国際政治学者高坂正堯は、一九三四年五月に生まれ、九六年五月に亡くなった。六二歳になったばかりだった。

私は一九六九年、法学部三年生のとき高坂の国際政治学を受講した。それまで考えたこともない問題を投げかけられ、思いもつかなかった発想と論理を聞かされて、戸惑いながら、彼の話すことに引き込まれていった。でも、高坂ゼミには入らなかった。頭の回転が速くて目端の利く学生が集まるゼミのように見え、気後れした私は、自分には合わないと思ってしまった。

しかし結局、大学院では高坂の指導を受けることになった。ゼミの指導教授の猪木正道が防大校長に転じ、京大を去ったからである。それから五年間、頭が鈍くて怠惰な大学院生を、高坂は持て余したかもしれない。私にとって高坂は、怖い先生であった。いつも見透かされているような気がした。無能や怠惰をごまかそうとする言い訳は通用しなかった。会うと緊張した。だが、話し始めると、あんなに聴き上手な人はいなかった。訥々と、しばしばクドクドと、私が話す研究の方向や現状を、面白そうに聞いてくれた。

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