インドネシアでパプア人がデモ、一部で暴徒化 警察による差別発言に一斉反発

1969年に住民投票でインドネシア併合が決まったとされるが、同投票でのインドネシアによる不正が指摘され、現在に至るまで武装組織「自由パプア運動(OPM)」とその分派による武装闘争が細々とだが続いている。



国家のタブーSARAに抵触を懸念

インドネシアには国家的タブーとされ、触れることを極力回避する問題として「SARA(種族、宗教、人種、社会集団)」がある。今回のパプア問題はこのSARAの「種族」に触れる問題となっている。それが大統領をはじめとする各界の人びとがいち早く事態の沈静化に乗り出した一因とされている。「放置すれば国家の統一に関わる重大問題になりかねない」危険性をはらんでいるからだ。

パプア地方は経済的、社会的に最も開発の遅れた地域で、山間部のパプア人の男性はペニスサックだけ、女性は腰蓑だけという昔ながらの生活様式を保ち、OPMのゲリラも一部は槍や弓で武装している。

これが多数を占めるジャワ人など非パプア人のインドネシア人による優越感となって差別意識を生んでいるとの見方が強い。

実際、8月17日の独立記念日にジャカルタの大統領官邸で行われた記念式典でもそうした場面があった。大統領はじめ招待客の多くがインドネシア各地の民族衣装をまとって参列したが、大統領警護隊の中には上半身裸で腰蓑だけという「パプア人の格好をした非パプア人の男性」もおり、テレビ中継を通じてその姿は全国に流れた。

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