米軍がイラン旅客機を撃ち落とした1988年の夏

イランには「資金などの資源も乏しく、経験もほとんどなかった」と、アクバリは言う。

「イランの報復能力はアメリカには到底かなわなかった」とアクバリは当時を振り返る。「それは今も同じだろうが、イランは非対称の報復能力を増強して攻撃の代償を高くしようと躍起だ。イラン当局者は現在、自国の防衛能力と独立性と領土保全の必要性を力説している」

最悪の事態は回避したが

「そうした考え方はイラン航空655便撃墜といった事件にも起因している。イランの軍幹部も政治家も、あんな状況には二度と陥りたくないのだ」と、アクバリは言う。

その後もイランを孤立させるアメリカ主導の取り組みは続き、イランは中東で盟友を探さざるを得ない。1980年代のイラン・イラク戦争でフセインを支持したアメリカが、2003年に(イラクが大量破壊兵器を保持しているという誤った情報を信じて)イラクに侵攻。フセイン政権は崩壊、イランはイラクとの関係を強化した。

米国防総省は今年4月、イラク戦争中の親イラン勢力の攻撃で米軍要員600人以上が死亡と発表。ドナルド・トランプ大統領自身も6月下旬、イランが簡易爆弾などで「アメリカ人2000人を殺害した」とツイートしたが、それを裏付ける証拠は示さなかった。アメリカはシリアでもイランと親イランの民兵組織が米軍にとって脅威となったと主張する。

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