年収700万を捨てて「山奥で起業」を選んだワケ

年収700万を捨てて「山奥で起業」を選んだワケ

「地元カンパニー」代表の児玉光史さん

東京大学の野球部で4番打者を務めた児玉光史さん(40歳)は、農学部を卒業後、都内の一部上場企業に就職した。年収は約700万円。ところが、その恵まれた待遇を捨てて、実家のある長野県でUターン起業をした。一体なにがあったのか。本人に聞いた??。■東大出身者はなぜ東証一部上場企業を辞めたのか

東京大学の卒業生は、都内でステータスの高い職業に就いている人が多い。だが、そうした生き方が幸せだとは限らない。東京を離れて、新しい仕事を始める人もいる。児玉光史さん(40歳)もそのひとりだ。

児玉さんは長野県有数の進学校である上田高校から一浪して、東大理Tに入学。農学部に進み、卒業後は、東証一部上場企業である「電通国際情報サービス」に就職した。同社は、海外のソフトウエアや自社開発のシステムを組み合わせて、企業にITサービスを提案する会社だ。

児玉さんはキヤノン、エプソン、ソニーなど大企業を顧客とする優秀な営業マンとなった。給料も年収約700万円と悪くなかった。だが、サラリーマン生活を4年続けた頃、「俺はこのままでいいのか」と自分の今後の人生について迷うようになった。

自分は長男であり、父親は長野でアスパラガスの兼業農家を営んでいる。それを放っておいていいのだろうか。東大農学部で学んだことを生かせないのか。そんな思いが高まったのだ。

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