カワサキの800ccバイク『MEGURO K3』即完売 1964年東京五輪の聖火リレーで先導車も

カワサキの800ccバイク『MEGURO K3』即完売 1964年東京五輪の聖火リレーで先導車も

記事まとめ

  • カワサキの800ccバイク『MEGURO K3』が2月1日に発売され、熱い注目が集まっている
  • 1964年(昭和39年)の東京五輪時には聖火リレーの先導車という大役も果たした名車
  • 税込で127万6000円にもかかわらず、販売開始前に、2021年度分の予約が終了したという

「1台127万円のバイクが即完売」伝説ブランドを復活させたカワサキの大戦略

「1台127万円のバイクが即完売」伝説ブランドを復活させたカワサキの大戦略

往年の“メグロ”ブランドを令和の時代に復活させた「MEGURO K3」 - 写真提供=川崎重工業

東京五輪の聖火リレーで先導車を務めた名車

2月1日に発売されたカワサキの800ccバイク『MEGURO K3』に今、静かな、しかし熱い注目が集まっている。

なぜならMEGUROの名は、1924年(大正14年)に東京市大崎区目黒村(現品川区)で創業した日本初のスポーツバイクメーカー『目黒製作所』(ブランド名は『メグロ』)に由来するからだ。

メグロのバイクは高性能、高品質で知られ、当時のライダー達の憧れの的だった。また、数少ない国産の大排気量ブランドとして戦前、戦後を通じ警視庁に白バイを納入しており、1964年(昭和39年)の東京五輪時には聖火リレーの先導車という大役も果たしている。

しかし、戦後はホンダ、ヤマハ、スズキといった新興メーカーの勢いと市場ニーズの変化に押され、苦戦を強いられる。打開策として1960年、川崎航空機工業(現・川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー)と業務提携を結んだものの収益は改善されず、1963年に川崎傘下となって『カワサキメグロ製作所』と改名、翌1964年には川崎に吸収合併され、バイクメーカーとしてのメグロは消滅してしまう。

だが、そこでメグロの血脈が完全に途絶えたわけではなかった。

1964年の東京モーターショーにおいて川崎航空機工業は当時の国産最大排気量車両となる『カワサキ500メグロK2』を発表するが、このモデルはダブルネームになっていることからも察せられるように、同社に移籍した旧メグロの技術者との共同作業で開発されている。

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