世界中が高山善廣にエールを送る――強さとはなにか?<最強レスラー数珠つなぎVol.17 最終回>

世界中が高山善廣にエールを送る――強さとはなにか?<最強レスラー数珠つなぎVol.17 最終回>

提供/鈴木健.txt

UWFインターナショナル、キングダムを経て、1999年、高山は全日本プロレスに入団した。格闘技色の強いUWFと、王道プロレスと呼ばれる全日本では、スタイルが水と油ほど違う。しかし彼はスタイルを超え、“高山善廣のプロレス”を確立した。盟友・小橋建太は、当時の彼をこう分析する。「水と油は混ざるということを証明した選手」――。

「もちろんスタイルは見るからに違います。ですが高山選手は、UWF魂をしっかり持ちつつ、全日本のリングに上がっていた。スタイルに囚われたくないという決意と覚悟を持っていたからこそ、全日本に融合していったんだと思います」

 初めて高山と試合をしたとき、「なかなか面白いじゃないか」と思った。一発一発が重い。とくに蹴りと膝蹴り、そしてエルボー。196cmの長身である高山は技を上から振り下ろすため、想像以上のダメージがある。しかし小橋も負けじと返す。二人の試合はスイングし、ファンから絶大な支持を得た。

 2004年8月、高山は脳梗塞で倒れた。プロスポーツ選手で脳梗塞から復帰した前例はないとされているが、不屈の精神で病気を克服。2006年7月16日、ノア武道館大会にてリング復帰することが決定した。タッグパートナーは小橋建太。しかし試合直前の6月29日、今度は小橋に腎臓がんが見つかり、試合を欠場することになる。

「悔しかったです。

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