「プロレス」が昭和の時代に勢いがあったワケ

「プロレス」が昭和の時代に勢いがあったワケ

プロレスの聖地、後楽園ホール。画像は公式HPより

今上天皇の退位で、来年には幕を下ろす予定の平成。そんな平成とはいったいどんな時代だったのだろうか……と振り返りたいところだが、最近はなぜか「昭和かよ!」と言いたくなるような騒動や事件が続出している。そこで、さまざまな分野の昭和・平成の状況を比較。それぞれの時代の良しあしを確認して勝敗をつけながら、新時代に何を残すべきかを考えていく。

◆ゴールデンタイムが当たり前の昭和プロレス vs 近年の女子人気でブーム復活の平成プロレス

 戦後、街頭テレビで多くの人々が力道山の試合を観戦したように、「プロレスとテレビは互いにとって普及に不可欠な存在でした」とはプロレスライターのフミ斎藤氏。

「力道山の死後、弟子のアントニオ猪木とジャイアント馬場が発展させますが、カラーテレビ普及に不可欠なコンテンツがプロレス。猪木の新日本プロレスはテレビ朝日、馬場の全日本プロレスは日本テレビで放送されていました」

 昭和40〜50年代、放送翌日は学校で必ず話題になっていたという。

「’76年に当時のボクシング世界ヘビー級の王者モハメド・アリと猪木が異種格闘技戦を行い、世界に衝撃を与えましたが、テレビ局の支援があったから。’80年代にはタイガーマスクがリングデビューし、社会現象になりました」

 だが、’86年9月には金曜20時枠の『ワールドプロレスリング』(テレビ朝日系)が『ミュージックステーション』に追いやられる形で放送終了。

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