「無宗教です」と答える日本人の危うさ。義務教育に宗教の授業は必要だ

「無宗教です」と答える日本人の危うさ。義務教育に宗教の授業は必要だ

※写真はイメージです

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

◆義務教育で「宗教」について、教えたほうがいい

 以前、宗教の授業を義務教育に加えたほうがいいと書いたことがあります。

 その理由は、世界中に存在する宗教がどのようなものなのかを知ると、世界の人たちが「何を規範として考えて行動しているのか?」を知ることに繋がるからなのですね。

 例えば、海外で暮らしていると、たまに外国人に宗教を聞かれることがあります。僕はそんなとき、「仏教徒です」と答えたりします。本当は、葬式は寺でするけど、結婚式は教会で挙げるような感じで、無宗教なのですが、海外で「無宗教です」と答えると面倒くさいことになったりするからです。

 日本には特定の宗教を信仰しない無宗教の人は多いですが、海外の人からすると「宗教を信じていない=神を信じていない=道徳の規範がない」と思われてしまいます。でも、日本には「道徳」と呼ばれる、人々からなんとなく信じられている守るべき善悪が存在していて、その日本でいう道徳が、国と宗教が変わると「神様が決めたことだから守る」という考え方になったりするのです。なので、海外の人からすると無宗教の人は、「道徳的な規範を持ってない人なのかも?」と思われてしまうのですね……。

◆無宗教でも道徳心あり

 でも、実際の日本人の多くは「無宗教」と言いながらも道徳心は心得ているので、海外で言うところの宗教的な価値観を持っていたりします。

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