26歳の若者が見たドヤ街・西成…筑波大学卒業後、就職できず無職に

西成にはそういった“ワケあり”の人たちがたくさんいました」

 当初は「自分でも“西成の人たちとは違う”というプライドがあった」という。しかしながら、自分も同じように“ワケあり”だと気づいたそうだ。

「冷静に考えると、就職に失敗して、本が書けるのかもわからない状態。実際に働きながら住んでいるうちに、“自分がたいした人間じゃない”ということを素直に受け入れるようになりました。すると、少しずつ本当のことを話してもらえるようになって。もしも私が見栄を張ったままだったら、だれも仲良くしてくれなかったと思います」

 こうして國友氏は、西成での体験を『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)に綴っている。とはいえ、現地で知り合った人からは『西成のことなんてさっさと忘れて先に進め』と言われたそうだ。

「西成には、私が小学生だった頃から、ずっと土のうを引きずり続けてきた人だっていました。そう考えると、すごいなって。見下すわけではありませんが、私なら無理だなって。逆に、私のような平凡な人間がいてはならない、むしろ選ばれた人しかいてはならない場所だって思いましたね」<取材・文・撮影/藤井敦年>

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