僧侶から騎士へ。握力ゼロの右手で剣を握る、車いすフェンシング藤田道宣

僧侶から騎士へ。握力ゼロの右手で剣を握る、車いすフェンシング藤田道宣

藤田道宣氏

「アンガルドプレ? アレ!」(構えて用意はじめ)。号令がかかれば、一瞬で勝敗が決する「車いすフェンシング」。平安高校時代にフェンシングを始めた藤田道宣(日本オラクル)、北京五輪の銀メダルリスト太田雄貴は一つ上の先輩だ。騎士同士の約束を果たすため、カテゴリーを上げてまで、パラリンピックで日本勢悲願のメダル獲得に挑む。

◆ずっと次は僕の番という気持ちがあった

――これまでフェンシングのメダルは、’08年北京オリンピックでの太田雄貴前フェンシング協会会長の銀メダルのみでした。それが東京五輪で団体男子エペが史上初の金メダルを獲得し、いまフェンシングに脚光が集まっています。

藤田「太田先輩は平安高校(現・龍谷大学付属平安高校)の1学年上の先輩です。’06年、大学2年生のとき、僕は海で事故にあって、「もう仲間と一緒にフェンシングができなくなる」とふさぎ込んでいるときに、太田先輩が見舞いに来てくれました。『俺は五輪でメダルを獲るから、お前はパラリンピックでメダルを獲れ』と言ってもらえたのが、車いすフェンシングを始めるきっかけです。それから2年後、本当に太田先輩はメダルを獲った。ずっと次は僕の番という気持ちがありました」

――事故の前、藤田選手は全日本選手権ベスト16入りを果たしています。経験者として、車いすフェンシングへの移行もスムーズではなかったのでしょうか。

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