ひろゆき氏、いじめ巡る教育論を語る 「小山田圭吾バッシングで新たないじめ生んだ」

ひろゆき氏、いじめ巡る教育論を語る 「小山田圭吾バッシングで新たないじめ生んだ」

記事まとめ

  • ひろゆき氏はいじめ問題について「正義の不確かさを子どもに教える必要がある」と説く
  • 過去にいじめをしていた小山田圭吾は東京五輪に関わって問題視され辞任に追い込まれた
  • ひろゆき氏は「正義感からくる小山田バッシングは、新たないじめを生んだ」と語った

ひろゆきが小山田圭吾バッシングで心配する「子どもの教育に与える悪影響」

ひろゆきが小山田圭吾バッシングで心配する「子どもの教育に与える悪影響」

ひろゆき

―[ひろゆき連載コラム「僕が親ならこうするね」]―

 教育において大きなテーマである「いじめ」問題。「いじめ」にはさまざまな原因が存在するが、なかには「正義感」に起因するものもある。著書『僕が親ならこう育てるね』で教育論を上梓したひろゆき氏は、「正義の不確かさを子どもに教える必要がある」と説く。

◆復讐にも限度! いじめの糾弾は新たないじめを生む

 いじめを実行する人にはさまざまな理由があるとは思いますが、嫌がらせなどの悪意から始まるものだけではありません。正義感に起因するものもあります。

 最近では、過去にいじめをしていた小山田圭吾氏が、東京オリンピックに関わったことで問題視され、辞任に追い込まれました。そのとき、世間ではさまざまな声が上がりましたが、以下の意見について、みなさんはどこまで同意できますか?

「いじめは良くない」
「いじめをした人を許すべきではない」
「いじめをした人が公の仕事をするのは良くない」
「いじめをした人が人前に出る仕事をするのは良くない」
「いじめをした人が作品を売るのは良くない」
「いじめをした人の名前が視界に入るのは不快だ」
「いじめをした人は世の中からいなくなればいい」
「いじめをした人の家族が攻撃されるのは仕方ない」

 このように「いじめは良くない」の延長線でさまざまな考えが出てくるわけですが、「どこまでの行為が正義として許されるか?」は人によって判断が分かれますし、正義感から始まった行為は、止める人も少ないので、加速しやすいような気がしています。

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