田尾安志、楽天初代監督オファーに「地獄に落とさないで」…それでも引き受けたワケ

田尾安志、楽天初代監督オファーに「地獄に落とさないで」…それでも引き受けたワケ

’05年の開幕戦、ロッテ相手に球団初勝利を挙げ、スタンドのファンに手を振る監督の田尾(左)とオーナーの三木谷(右)

大男たちが一投一打に命を懸けるグラウンド。選手、そして見守るファンを一喜一憂させる白球の行方――。そんな華々しきプロ野球の世界の裏側では、いつの時代も信念と信念がぶつかり合う瞬間があった。あの確執の真相とは? あの行動の真意とは?天才打者と評された男が選んだ、新球団初代監督というポスト。田尾安志のキャリアを形作ってきた信念に迫る。

◆前途多難と知りながら引き受けた楽天初代監督

 “もし”という接続詞をつけての質問は、勝負師にとってタブーとされている。孤高の鬼才として本連載でも取り上げた門田博光は「“もし”の話はわからん」と一刀両断。他のアスリートも同様の反応が多い。日々結果を追い求めて鍛錬しているのに、“たられば”の話ほど陳腐なものはない。だが、この男だけは“もし”をつけて語らずにはいられない。

 田尾安志。中日、西武、阪神の主力打者として活躍しただけでなく、東北楽天ゴールデンイーグルスの初代監督を務めた男である。

「今となっては、あの環境がさほど苦にならなかったのが自信ですね。“あの1年”を経て、自分がこんなに図太い人間だったんだと改めて知りましたよ」

◆監督のオファーに「軽いなぁ」

 現役時代と変わらず、田尾は爽やかに語る。言わずもがな“あの1年”とは楽天の初代監督を務めた’05年のことである。

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