岸田首相が政治家になったのは「差別」問題がきっかけだった

岸田首相が政治家になったのは「差別」問題がきっかけだった

写真はイメージです

―[魂が燃えるメモ/佐々木]―

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第273回

◆岸田首相の目指す理念

 今月4日に自民党の岸田文雄総裁が第100代目の内閣総理大臣に就任しました。岸田首相は就任会見で自身の内閣を「新時代を共につくる新時代共創内閣」と表現し、「新しい資本主義の実現」「成長と分配の好循環」「成長なくして分配なし」といったコンセプトを掲げました。

 こうしたコンセプトは昨年出版された彼の著者『岸田ビジョン』(講談社)でも言及されていて、その目指すところは「分断から協調」「対立から協力」であるとしています。

◆アメリカで経験した差別

 こうした理念を持つようになったきっかけの一つが、子供時代にアメリカで経験した人種差別です。1963年に父親の仕事の都合でニューヨークに移住した岸田首相は、小学校1年生から3年生までの3年間を現地のパブリックスクールで育ちました。クラスには白人、黒人、インド人、韓国人など様々な人種の子供たちがいて、教室の壁には「差別は駄目ですよ」という標語が貼られていたと言います。

1 2 3 4 次へ

関連記事(外部サイト)