鬼才・園子温がニコラス・ケイジとタッグ。還暦にしてハリウッドデビューできた理由



園:もう嫌がらせみたいな気持ちで書いた。落ちるところまで落ちたからね。映画の勉強するために渡米したのに、サンフランシスコでホームレスって、なんだよって開き直った。とことん人に嫌われたいなぁ、嫌われる映画を作ろうと思って。それが園子温の心持ちっていうか、テーマになった。当時は心の底から悪意がありましたね。でも、不思議なことに、なぜかそんな作品を拾ってくれる会社が見つかるんですよ。

『殺し屋1』や『オーディション』とか、バイオレンス、ホラー系に強いオメガ・プロジェクトという映画会社で、ちょうど『リング』『らせん』を爆発的ヒットさせて、すごく調子がいい頃だった。それで『自殺サークル』ってタイトルだけで、脚本も読まずに製作を決めたって(笑)。映画撮影のために、日本に帰国したのは’01年です。もう40歳間際。ここまでが本当に長かった。

◆日本に帰ってきてから、すべてをぶつけたのが『愛のむきだし』

――その後もハリウッドで映画を撮りたいという気持ちは続いていたのでしょうか。

園:気持ちはずっとありましたよ。『自殺サークル』のあと、なかなか軌道に乗らなかったし、嫌われようと思って脚本は書いたけど、本当に自分の映画がめちゃくちゃ嫌われた(笑)。そのときは日本で撮るしかできないから、仕方なく日本で撮っているんだなという気持ちだった。

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