<純烈物語>純烈にとって特別な場所が消えていくと、そこには巡り合わせがあることに気づく<第119回>

<純烈物語>純烈にとって特別な場所が消えていくと、そこには巡り合わせがあることに気づく<第119回>

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―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー 〜純烈物語」]―

◆<第119回>普通にあることが実は恵まれているという現実。それを糧に純烈は何があっても前進を続ける

 新型コロナウイルスの影響により、世の中のさまざまなものが変わってしまい、それまでの方法論が通用しなくなった。あらゆるエンターテインメントにおいて、昭和の時代から受け継がれてきた形態に“巡業”がある。

 芸能も大相撲もプロ野球も、日本全国津々浦々までいって地元の人々にライブで見てもらうことにより大衆文化として根づいた。中でもプロレスは年間十数本のシリーズを組んで1ヵ月前後地方を回り、最終戦で首都圏のビッグマッチを開催し終えるというフォーマットを確立。

 主要都市だけでなく小さな町と村まで力道山やジャイアント馬場、アントニオ猪木といったスタープレイヤーがやってくる。東京や大阪では見慣れた技であっても、そこに住む人たちにとっては年に一度の祭りごとだ。

 だから空手チョップや十六文キック、卍固めという代名詞的な技が繰り出されるのを心待ちとしている。大都市と地方とでは、プロレスの役割が少しばかり違う。

 それまで歩けなかったお年寄りが、場外乱闘でいかつい外国人プロレスラーが客席になだれ込んでくるや恐怖のあまり我を忘れて逃げ出し「婆ちゃんが立った!」と家族が驚いた――そんなおとぎ話を聞いたのも、一度や二度ではない(じっさいにそうしたシーンを目撃したこともある)。

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